年金

世間がコロナ一色に染まっていた2020年の5月、国会では国民の生活を左右する、ある重要な法案が通過していたのをご存じでしょうか。

その法案とは、

『年金制度改革関連法』

国民が将来のために働いて納めている年金に関する重要な法案を、コロナの裏でひっそりと可決していたのです。

今回はこの年金制度改革関連法についてお話しをしていきます。

年金制度改革関連法

2020年5月29日、年金制度改革関連法が成立し、翌月2日に公布されました。

■厚生労働省公式ページ

この新制度の重要なところを簡潔にまとめると、以下の通りです。

年金新制度のポイント
  • 受給開始時期を75歳まで選択可に
  • パートなどの短時間労働者への厚生年金の適用拡大
  • 働く高齢者の年金が減る措置を廃止・縮小
  • 年金の給付額を抑制するマクロ経済スライドの強化

この法案の驚くべきことは、与野党ほぼ一致で反対意見も騒がれることもほとんどなく、メディアにも大きく取り上げられることがなかったことです。

そのため、国民の生活に大きく影響するこの法案の通過が、対象となっているはずの多くの国民に気づかれることがなかったのです。

受給開始年齢で増減する年金

この新制度では、「受給開始時期の選択」についても、新たに期間や年金の増減率が改定されました。

とはいえ、新制度は複雑すぎて、年金を何歳から受給するのが得なのかよくわからないというのも事実です。

ここでは、新制度の増減率から、おおよそ何歳から受給するのがより多く年金が受給できるのか解説していきます。

受給開始時期の正しい選択

現状は多くの人が65歳から年金の受給を開始していますが、新制度により、65歳を基準として受給開始時期を60歳〜75歳まで選択することができるようになります。

ただし、『早期受給』(65歳より前)と『後期受給』(65歳より後)では受給できる年金額が変わってきます

年金額の増減
  • 『早期受給』(65歳より前):1ヶ月あたり0.4%減
  • 『後期受給』(65歳より後):1ヶ月あたり0.7%増

65歳より前から年金を受給開始すると1ヶ月あたり0.4%年金は減らされ、逆に65歳より後に受給開始すると1ヶ月あたり0.7%年金を増額して受け取ることができます。

これを1ヶ月あたりではなく全期で総合すると、

Ex.1:60歳で受給開始した場合(早期受給)

早期受給(65歳より前に受給)した場合は1ヶ月単位で0.4%減額されるため、12ヶ月(1年間)早めると、

ー0.4%×12ヶ月=ー4.8%

1年間で4.8%減額されます。60歳で受給開始した場合は5年間早く受給することになるため、

ー4.8%×5年=ー24%

年金額は合計で24%減らされる計算になります。

Ex.2:75歳で受給開始した場合(後期受給)

後期受給(65歳より後に受給)した場合は1ヶ月単位で0.7%増額されるため、12ヶ月(1年間)早めると、

0.7%×12ヶ月=8.4%

1年間で8.4%増額されます。最長10年間、75歳の受給開始にすれば、

8.4%×10年=84%

年金額は合計で84%増額される計算になります。

単純な年金額の比較と政府の思惑

単純な年金額の比較
  • 60歳受給:65歳-24%
  • 75歳受給:65歳+84%

これだけを見ると後期受給する方がはるかに多く年金を受給することができるように見えます。

ただしこの制度には一つの大きな落とし穴が隠されていました。

数字の見せ方からして、明らかにこの新制度では、国は75歳から受給することを推奨しています。

つまり高齢者も働きやすい環境を作っていき、全国民が75歳から受給を開始するよう誘導している、ということができます。

なぜ政府が、わざわざ支給金額が増える年金の後期受給に誘導しているのか

これには国の収入である『税金』が大きく関わっています。

政府の思惑-税収-

公的年金のうち、障害年金と遺族年金は非課税ですが、老齢年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金など)は雑所得扱いとなり、一定額を超えると課税対象となります。

つまり、年金の受給額が増えれば増えるほど、支払う税金も増えるということです。

また同時に政府は定年の引き上げも積極的に行っており、受給年齢の引き上げとセットで進めることで、税収を上げることを政府は見込んでいるのです。

さらに今回、コロナ禍において政府は補正予算を組んで様々な政策実施してきたため、これを補うため、個人の所得税に反映される可能性が高いです。

所得税は源泉徴収制度で、毎月問答無用で徴収できる税金だからです。

統計的にみた最適な年金受給年齢

所得税率がどう変わるかは今後の政府の政策次第なので、所得税は現行制度のままとして、実際の統計を交えながら、いつから受給開始するのが最適なのか見ていきましょう。

先ほどの前期受給と後期受給の比較では、あくまで65歳に受給開始したときとの単純比較として計算しました。

ただ、この比較には大事な材料が一つ抜けています。

それは、「あなたが年金をもらえなくなる年齢」、つまりいつ亡くなるかということです。

実際にいつ亡くなるかまではわからないため、ここでは「日本の平均寿命」を元にお話ししていきます。

実際の合計年金受給年額の比較

75歳で受給開始の場合

75歳で年金受給を開始した場合と65歳で年金受給を開始した場合とで比較すると、75歳で年金受給を開始したほうが、たしかに1ヶ月あたりの年金は増えますが、65歳で受給を開始したほうが、10年間先に年金を受け取り続けています

では、75歳開始の方が65歳開始の方の合計受給額を追い越すのはいつかというと、

『90歳』

この年齢で初めて、75歳開始の方が65歳開始の方の合計受給額を追い越すことができます。

60歳で受給開始の場合

60歳で年金受給を開始した場合と65歳で年金受給を開始した場合とで比較すると、65歳で年金受給を開始したほうが、1ヶ月あたりの年金は増えますが、60歳で受給を開始したほうが、5年間先に年金を受け取り続けています

では、65歳開始の方が60歳開始の方の合計受給額を追い越すのはいつかというと、

『83歳』

この年齢で初めて、65歳開始の方が60歳開始の方の合計受給額を追い越すことができます。

意識しなければならない平均寿命

ここで意識しなければならないのは、日本の平均寿命です。

日本の平均寿命は2019年度で、

  • 男性:81.41歳
  • 女性:87.45歳

平均寿命の国際比較

-厚生労働省ホームページより-

受給年齢を10歳遅らせて75歳受給にした場合の合計年金受給額の分岐点は『90歳』。

つまり、受給開始年齢を75歳にすると、65歳で受給を開始したときに受け取ることのできるはずだった年金を、すべて受け取ることができずに亡くなってしまう可能性高い、ということができます。

では、受給開始時期を前倒しして60歳開始にするとどうでしょうか。

分岐点は『83歳』。

男性の平均寿命は81.41歳です。

ということは、期待値で考えるなら男性は60歳で貰った方が合計受給額が高くなる可能性が高い、ということができます。

女性の場合、平均寿命は87.45歳。

83歳以上生きると合計受給額が少なくなる可能性が高くなりますので、今まで通り65歳で貰った方が良いかもしれません

まとめ

『年金制度改革関連法』は、表向きは年金受給を遅らせることで受給額が増えるという数字を用いたものです。

しかし、今の日本の平均寿命を見れば、それが必ずしも正しくないことは明らかです。

もちろん、受け取る年金の額は人それぞれですし、税金は他の収入の有無も関わってきますので一概には言えません。

しかし、なんとなくで受給期間を決めるより、内容を理解して自分の意思で決める方が良いのではないでしょうか。

さらにこの年金制度改革関連法は、他にも改定されたことがあります。
残念なことに、受給世代にも現役世代にも、あまり嬉しくない内容です。
(詳細は別の記事でお話しします。)

ですが、しっかり理解することで、対策を考えることもできますので、まずは正しい知識をつけていきましょう